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■バラの歴史
バラのふるさと
バラの原種は北半球に原生しています。原産地はペルシャやシリアなどの中近東から小アジアと、
中国や日本などの極東地域だと考えられています。
紀元前1500年ごろできあがったバビロン王朝宮殿の庭にはバラが栽培され、香料・薬用に利用
されていたそうです。同じ頃描かれたクレタ島クノッソスの館の壁画には、色彩で描かれたもの
では最古のバラの絵があります。
また、ギリシャ神話の中にもバラは登場します。貝殻に乗って現れたビーナスに、陸の神が
「地上で最も美しいもの」として空からバラを降らせている様子を描いた、ルネッサンス時代の
画家、ボッテチェリの「ビーナスの誕生」はあまりに有名です。
歴史の中のバラを愛した人々
紀元前69〜30年、エジプトの女王クレオパトラは、ローマからシーザーやアントニウスを迎えた
ときに、たくさんのバラを宮殿に敷き詰めた話や、花びらからとったローズオイルを肌に塗った
話はよく知られています。また古代ローマの皇帝ネロは宴の広間だけでなく、料理や酒、プールや
噴水にまでも、バラの花びらや香水を使っていたといいます。
このころバラは支配者の限りない栄華の象徴となっていたようです。
その後ローマ帝国も崩壊し、バラも修道院の庭にわずかに生きのびる存在となってしまいますが、
7世紀中期にイスラム教徒によって建国されたサラセン帝国の隆盛により、変革のときを迎えます。
広大な領地は現在のスペインからインドまで及び、人々の移動と共に、アジア原産のバラも
ヨーロッパを渡り、新たな品種の生み出されるきっかけとなったのです。
また、11世紀末ごろから13世紀までの約200年間、西ヨーロッパのキリスト教徒による十字軍の
聖地エルサレムへの遠征によって、東方のバラもヨーロッパに持ち込まれました。
バラは人工交配により多くの品種を生み出すこととなります。
バラ栽培に飛躍的な発展がもたらされたのは19世紀以降。そのため1800年を境にそれ以前の
バラをオールド・ローズ。以降のバラをモダン・ローズと呼ぶようになっています。
園芸種の栽培上での最大の貢献者は、ナポレオン1世の皇后ジョセフィーヌです。
1802年マルメゾン宮殿の庭園に世界中から250種ものバラを収集し、品種改良を行わせました。
園芸主任アンドレ・デュポンの努力により、世界で初めてのバラの人工交配を成功させたのです。
この後、1867年にフランスのギョーによってラ・フランスという、最初のハイブリットティー
ローズが創出され、現代バラに至っているのです。
現代バラへ
現代のバラにかかわったバラの原種はわずかに8種ほどです。
日本原産のノイバラ(ロサ・ムルティフローラ)とテリハノイバラ(ロサ・ウイクライアナ)、
中国原産のコウシンバラ(ロサ・キネンシス)、ヨーロッパのロサ・アルバとロサ・ケンティ
フォリア、中近東から小アジアのロサ・フェティダ、ロサ・ダマスケナ、ロサ・ガリカの8種です。
ノイバラからは房咲き性と強健性が引き出され、それらはフロリバンダやミニチュアなどに受け
継がれています。テリハノイバラはよく伸びる性質がつるバラ誕生にかかわっています。
コウシンバラは、ほかの原種にはみられない四季咲き性が注目され、現代のハイブリットティーの
確立につながった重要な原種です。ロサ・アルバ、ロサ・ケンティフォリア、ロサ・フェティダ、
ロサ・ダマスケナ、ロサ・ガリカからは、花の大きさや花色、香りなどのすばらしさを現代バラに
残しています。
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